【出雲大社参拝記⑭】神々が降り立つ稲佐の浜

おはようございます、智道です。

出雲大社参拝記の第14回目です。

 

さて、無事に出雲大社参拝が終わったので、帰路につきます。
神楽殿を真っ直ぐ進めば駐車場なのですぐに車まで戻れますが、せっかくだから、もう一度参道に戻りたいと思います。子宮(境内)から産道(参道)を通って、現世に蘇るわけですね。これが神社のシステムです。

 

神楽殿から大社境内に戻り、銅鳥居をくぐって御本殿へ一礼。そして、来た道を戻ります。今度は昇りの参道となります。

トコトコ トコトコ …

勢溜(せいだまり)まで戻ってきました。

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写真は勢溜の第二の鳥居から臨む神門通りと第一の大鳥居です。
(小っちゃくて見えないかな?)

 

この勢溜から日本海を目指して道なりに西へ1㎞ほど歩いて行くと、砂浜に突き当たります。

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皆さ~ん!
旧暦10月10日に八百萬の神がご降臨されるのは、稲佐の浜と呼ばれるこの渚なんですよ~!
稲佐の浜は、日本の渚100選にも数えられている美しい海浜です。

特徴的なのは、浜にチョコンと鎮座する弁天島。この島には、かつて弁財天が祭られていましたが、今は豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祭られています。僕が子供の頃は、弁天島は海の中にありましたが、今は潮位が下がって浜の中にあります。

 

稲佐の浜は、天照大神より出雲の国譲りの勅令を受けた建御雷神(タケミカヅチ)が、大国主命と対面した場所です。
建御雷神は大国主命に告げます。

「ここ葦原の中つ国は、もともと伊弉諾尊と伊弉冉尊がお造りになった。それゆえ天照大神の御子が支配すべき地である。すみやかに国を譲りなさい。譲らないのか(否・いな)、譲るのか(然・さ)、答えなさい。」

そんな問答が行われたところで、その故事にちなんで、この渚は、”いなさ”の浜と呼ばれるようになりました。

その国譲りの件ですが、婿である大国主命は自分には決められないと、天孫の血を引く息子の事代主神(えびす様)にその決断を一任するのでした。

 

稲佐の浜の前には無料駐車場がありますので、ここまで車で行って稲佐の浜を散歩するのも良いかもしれません。
浜に行く途中には、芸能人もよくお参りするという出雲阿国のお墓や、阿国ゆかりの草庵などもありますが、また別の機会にご紹介させていただきたいと思います。

 

稲佐の浜のほど近く、出雲大社の境内外摂末社である「上の宮(かみのみや)」と「下の宮(しものみや)」がありますが、この「上の宮」こそ、全国からお集まりになった神々が神儀をされると言われる会議所です。上の宮の御祭神は、素戔嗚尊と八百萬神となっています。

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ちっちゃい?神さま全員入れるの?
突っ込まないでください~(^-^;、神議は神代の時代から続いているので問題ないです。

 

そして、こちらが「下の宮」。知る人ぞ知る隠れパワースポットです。御祭神は天照大神。

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「上の宮」も「下の宮」も民家が近いので、静かにおまいりいたしましょう(^人^)

 

以上で、出雲大社参拝は終わりです。
機会があったら、ぜひ出雲においでくださいませ(^O^”)/
皆さまにお会いでいるのを、大国主命はじめ出雲の神々は楽しみにされていることと思います。
そして僕も、ご縁のある方々とお会いできるのを楽しみにしています。

 

明日は、「出雲大社参拝記」の最終回です。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
素敵な一日をお過ごしください。
今日もきっと良いことがありますよ。

 

  かむながらたまちはえませ かむながらたまちはえませ 
 

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