奥出雲の八重垣神社 <後編>

こんばんは、智道です。

 

昨日の続きです。

昨日の記事でご紹介した奥出雲・八重垣神社の後姿、
美しいですよね。艶やかですよね~。
昨日の記事に写真を貼り付けているので、
まだの方はぜひ見てくださいませ。

 

奥出雲・八重垣神社は神社併合の命により、
明治40年に今の地に移築されました。
それまで八重垣神社があった社地には石碑が建てられ、
八重垣神社の元宮として今でも崇敬されています。

 

yaegakijinjyaato
【奥出雲・八重垣神社跡】

 

小高い丘を20mほど登ったところに元宮跡はあります。
この石碑の前に立つとなんだか温かい氣持ちになります。
稲田姫様がここにいらっしゃたんですよね。

 

参道を降りて、島根県道25号線を横切るとすぐに
稲田姫がご自身の姿を映したと云われる鏡ヶ池があります。
ヤマタノオロチに飲ませた八塩折の酒もこの池の水が使われた
とのことです。

社殿があって、姿見の池があって、
松江の八重垣神社と同じですね。

もしかして松江の八重垣神社は、
奥出雲の八重垣神社を模倣し再現したものなのかなぁ・・・
なんて、僕の勝手なイマジンです(^^)

 

奥出雲・八重垣神社跡の参道前には、
稲田姫が長髪を束ねる際に使う元結を掛けたと伝えられる松の木があります。

 

motoyuikake
【元結掛けの松】

 

後の世の乙女たちは、この松に元結を掛けて良縁を願ったと言います。
元結の松の木そのものは、自然災害等によって何世代も変わっています。

 

 

そして、元結掛けの松から200mほど山道を進むと
長者屋敷跡と呼ばれる広場があります。

 

tyoujyayashikiato
【長者屋敷跡】

 

長者とは、稲田姫の両親 アシナヅチ命とテナヅチ命の事です。
稲田姫は、父母神・お姉さま方と共にここにお住まいでした。
稲田姫様宅と言えばさらに親しみが湧きます(^^)

 

以上で、奥出雲・八重垣神社の記事を終わります。

神社や元宮の所在地はちょっと分かりにくいので、
お詣りしたいときは事前に下調べをしておいた方が良いでしょう。

伊賀武神社前には「佐白宮の下」というバス停があります。
八重垣神社跡は、そのバス停から車で1~2分ほどの距離になります。
歩いて行けなくはないけど体力が必要です。

 

それでは、おやすみなさい。素敵な夢を!

 

すべての存在が幸福でありますように。

 

コメントを残す

CAPTCHA


サブコンテンツ

このページの先頭へ