奥出雲の八重垣神社 <前篇>

こんばんは、智道です。

 

奥出雲の漫遊を楽しんでいます。

奥出雲は田舎の中の田舎という感じで、
あたり一面、山と田んぼに囲まれています。

 

テーマパークもないし、ディスコもないけど、
町中がテーマパークみたいなものです。
きっと、神代の時代には、
ここで神々が歌い踊られていたことでしょう(^^)

ここは神々の故郷。
神々のディスコ奥出雲なんてキャッチコピーはいかがでしょう?

 

あっ、そうだ!
テーマパークと言えば・・・

2017年に公開予定の映画『たたら侍』をモチーフにしたテーマパーク、
『出雲たたら村』が只今オープン中です。

映画に出演しているEXILEのメンバーによる
ショーやライブも行われているようですよ。

『出雲たたら村』公式ホームページ

 

「たたら侍」は、「モントリオール世界映画祭」で、
最優秀芸術貢献賞を受賞したようですね。

やったー、おめでとうございます\(^o^)/
この映画、絶対見なきゃ(^^)v

 

 

さて、話は奥出雲漫遊記の戻ります。

 

八重垣神社はご存知でしょうか?
神社が好きな方ならもちろんご存知ですよね。
下の写真が松江市佐草町にあるその八重垣神社です。

 

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【松江・八重垣神社】

 

 

じつは、松江とは別に、
奥出雲にも八重垣神社があるのです!

 

奥出雲の八重垣神社は佐白(サジロ)という地区にあり、
五十猛命と武御名方神を主祭神とする
伊賀武神社(イガタケジンジャ)の末社として祀られてあります。

 

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【伊賀武神社参道前】

 

 

igatake2
【伊賀武神社拝殿】

 

 

伊賀武神社の御由緒はちょっとややこしいので、
そのまま書き写させていただきます。

 

「伊賀武神社」

当社の創立年代は不詳であるが、元本殿は1500年代に森脇山城守家貞や三澤為清らが
修復・造営したとの記録があるので、氏神社としては古社の属する。

早須佐之男神の御子神である五十猛神(イソタケル)と武御名方神(タケミナカタ)を主祭神としていたが、
明治三十九年に上布施村の「若宮神社」、翌年に前布施村の「西尾神社」を合祀したため、併せて九柱の神々をお祀りした。

明治四十年には、境内末社として「八重垣神社」を八頭(ヤト)から移築した。

 

 

そして、こちらの写真が愛しの稲田姫さまがお祀りされてある
伊賀武神社末社 奥出雲・八重垣神社です。

 

正面からはとても地味な御社なのですが・・・

 

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【奥出雲・八重垣神社 正面より】

 

そこはやっぱり稲田姫さま、
後姿はとってもおしゃれで雅やかです。

 
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【奥出雲・八重垣神社 斜め後方より】

 

奥出雲・八重垣神社の御由緒書もそのまま転記させていただきますね。

 

「奥出雲・八重垣神社」

古事記所蔵の須佐之男命の「ヲロチ退治神話」は、この奥出雲町佐白地区を中心にして色濃く伝承されている。

中でも出雲國風土記に出てくる「比比理(ヒビリ)村」の「沖(ヒビ)る」という古語は、「舞い上がる・高く飛び立つ」の意で、明らかにこの地に空中をさ迷う龍系の「八岐大蛇」が住んでいたことを物語っており、八頭地区に点在する、ヲロチ退治にかかわる多くの古跡の信憑性が声高に取り沙汰されている。

その古跡の中心となる当社は、辛谷(ヒノタニ)むらから神野(カンノ)村や比比理村にかけての守護神ごして奉斎され、スサノヲ命とご縁を結ばれた櫛名田比売(クシナダヒメ・稲田姫)命を主祭神とした。

その後、元禄時代に須佐之男命・足摩椎(アシナヅチ)命・手摩椎(テナヅチ)命を合祀して現在に至っている。

重厚で見事な造りの元本殿は、寛文元年(1661年)に日御碕神社の宮大工が建造したと伝えられ、明治40年11月、合祀令により現社地に移築した。
旧社地には「八重垣大神」と刻んだ石碑を建て、元宮として崇拝されている。

 

 

日本の神々の世界というか神社は、
ややこしくて難しいですね~
人間が難しくしているだけなんでしょうか。

 

長くなったので、今日はここまでといたします。
次の記事に続く。

 

それではお休みなさい。素敵な夢を!

すべての存在が幸福でありますように。

 

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