こんにちは、智道です。

 

今日は母の日。
お母さまへプレゼントをされた方も多いと思います。
きっと、お母さまは大喜びされていることでしょうね。

僕は去年、万華鏡と銀河という種類のアジサイを贈りました。
ともに島根で開発されたアジサイです。キレイでしょ。

 

今年は母に何を贈ろうかと検討中。
遅れてゴメンねプレゼントになりそうです(^_^;)

 

 

母の日だから思うわけではないのだけど、
最近は生まれた日の運命・宿命だとか、人生の目的などに強く興味を持っています。

そのひとつが占いです。

20代の頃にも占いに興味を持っていた時期があります。
いや、その前に10代の頃の天中殺ブームの洗礼を受けていました。

この天中殺ブームでは、恐怖を植え付けられました。
天中殺の時に始めたことはすべてダメになるって。

進学や就職の時期に天中殺が当たる人はどうするんだ~!

怖いもの見たさで自分の運命を自分で鑑定したりしていました。

○歳~○歳までの間は天中殺なんだ、
何もしないのが無難だ、気をつけよう!

なんてネガティブな運命論を潜在意識に送り込んだりしました(^_^;)

 

そんな浅はかな運命観を覆してくれたのが、
袁了凡(えんりょうぼん)の陰隲録(いんしつろく)です。
袁了凡と陰隲録についての概略は、下の記事をご覧ください。

 

 陰隲録(いんしつろく)とは、明代 呉江の人で、嘉靖年間から万暦年間を生き、74歳で亡くなった袁了凡(えん りょうぼん)が自己の宿命観を乗り越えて、自分から運命を創造してゆくことを悟った体験を書き記した書物である。

陰隲録(いんしつろく)を著した袁了凡は代々学者の家に生まれ、幼名を「学海」といい、将来医の道に進もうと考えていた。
あるとき孔という不思議な老人が家を訪れ、学海少年の将来の職業や寿命などを予言する。そして予言のとおり科挙を志す。その後身の上に起こったことがことごとく孔老人の言うとおりになっていったので、学海は徹底した宿命論者となっていた。

役人になった後に、棲霞山中に以前から教えを請いたいと思っていた雲谷禅師を訪ねる。
雲谷禅師にこれまで人生の話をすると、孔老人の宿命論のままに生きようとする学海の姿勢を大馬鹿者と叱咤し、人は自らの力で立命できると語る。
彼は禅師の話に強く感動し、その教えに従い、徳性を充広し、善事を力行し、多くの陰徳を積んだ。
すると孔老人の予言は段々と当たらなくなっていった。寿命は53歳で死ぬと言われていたが74歳まで生き、子に恵まれないと予言されていたが一子天啓をもうけることができた。
学海は「了凡」と名を改め、大きくなった息子に自分の人生を語り聞かす。
(ウィキペディアより)

 

 

袁了凡と陰隲録については、
安岡正篤先生の著書『「陰隲録」を読む』を通して学びました。

 

 

昭和の碩学 安岡正篤先生の本(講演録)はどれもが知的で格調高く、
示唆に富んでいます。

若い頃はただ知識として読んでいましたが、
今は少しずつ分かるというか、肚に収まるようになってきました。

 

運命は変えられる!

と言うことを、この本を通して学んでいただけたらと思います。
運命は、思考(想念)と行為が創り出すようです。

 

それを知ったうえで、僕は占いを学んでいこうと思っています。

水野南北
高島嘉右衛門
目黒玄竜子

そんな占術の巨匠の存在を知りました。

先達の占いに対するスタンスや運命論の考え方を探っていきたいと思います。

 

 

やりたいことや学びたいことが、たくさんあり過ぎるくらいありますが、
各分野の探究が僕の生きがいなのです(^^)v

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

母の日の今日は、お母さまを労わってあげてくださいね。
それでは素敵な一日をお過ごしください。

 

すべての存在が愛でありますように。